南東三階角部屋日記

三十代前半女性のひとり暮らし日記です。記録としての投稿がメイン。

逃げるは恥だが役に立つ

新年式の疲れが出たのか、帰宅後はベッドでうずくまっていた。

 

ひとつ前の日記に書いた酒乱の男性社員や、同調したまわりの人の光景が深く心に刺さったのか、もやもやが残った。彼らには決して悪意はないのだと思うけれど、とっさの一言であっても言葉は時に刃物のように凶器と化す。公開処刑のような一幕で、あの光景は悪夢のような後味の悪さを残していった。まるでいじめのように。

 

私はいじめが大嫌いだ。なぜ嫌いか。その問いには簡単に答えられる。過去にいじめにあっていたからだ。

 

小学5、6年生の頃、同じクラスの男子にいじめられていた。理由は私が泣き虫だから。リーダー格のやつが「28を一日1回は泣かせてやろうぜ!」と勝手な決まり事を作り、そしてそれは粛々と実行に移された。言葉の暴力、公開処刑。狭い教室には逃げ場などない。

 

ある一人の男子には暴力も振るわれた。今でも忘れない、休み時間の廊下の光景。そいつに隅っこに追いやられ、足で執拗に蹴られた。

 

泣けよ、ほら早く泣けよ!あいつは言った。あの痛みと苦しみは今でも忘れない。

 

二年間の辛い毎日だったけれど、私はいじめを理由に学校を一度も休まなかった。親や先生に相談できなかったこともあるし、休むことがいじめに屈した証になってしまうのが悔しかったからだ。意地でも休まない、いつか見返してやる。私の決意は固かった。そして、耐えしのいだ末卒業し、いつしか大人になり、今を生きている。

 

本気で復讐を考えた時期もあった。それは結局は想像でしか果たせなかったけれど(当時はいじめっ子たちにどうやって仕返ししてやるかの策を練っていた。無論合法的なのでね)、今こうして生きていることがやつらへの復讐なのだと思う。自殺なんてしなくてよかったと本気で思う。

 

世の中のニュースを見ていると、いじめによる自殺の文字がたびたび飛び込んでくる。10代の学生、もっと低い年齢の子供もいる。彼らは他人の痛みがわからない人間や想像力が欠如した者たちによって殺められたも同然だ。いくら間接的とはいえ、いじめは殺人そのものである。

 

願わくば、いじめなどという馬鹿げたものは世の中から消え去ってほしい。けれど現実はそうもいかない。私がこのブログで「いじめはだめですよ」などと書いてもなんの効力もない。ただ、いじめに屈せず生き延びた人間の立場からすれば、死なずに生き延びる方法もあるのだということを伝えたい。

 

私の様に学校は絶対に休まない!といった意志を貫き通すこともいいかもしれないけれど、一番の良策は逃げてしまうことだと思う。逃げるが恥ずかしいなんて考えなくていい。どこでもいいから逃げてしまえば、きっとなんとかなる。そして、手を差し伸べてくれる人は必ずいる。

 

無責任なアドバイス?そんなことはないさ、賢い選択だと思うよ。

 

ちなみにタイトルのドラマは2話目しかみていません。DVD出たらレンタルしよう。

 

 

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