仕事中に落とし物を拾った。
街中の交差点で右折をしようと待っていたところ、対向から来るスクーターに載った女性が路上にカバンを落していった。女性はカバンを落したことにまったく気が付いていないようでそのまま行ってしまい、カバンは寂しく路上にぽつんと横たわったままである。
誰も気づいていないようだったので、右折したあと近くの駐車場に車を止め、カバンを拾いに走った。こんなに大きいにカバンを落したのにも気が付かないなんて、とんだうっかりさんだなぁと思いつつ、近くの交番へと向かった。
交番ではまず、取得時間や場所、拾った時の状況について聞かれた。そして警官による取得物チェックが始まる。カバンの中身をすべてチェックし、何が入っていたか「取得物預かり書」に細かく記入される。現金は一か所にまとめられ、いくら入っていたかを紙幣、硬貨の枚数を数えながら確認。
カバンの中には以下のものが入っていた。
小銭入れ
現金(14,827円)
小ぶりのポーチ(サコッシュ)
携帯電話(ガラケー)
預貯金証書
運転免許証
処方箋や「胃カメラ検査を受ける方へのご案内」チラシ
くつしたや土で汚れた手袋
のど飴
単行本 など
単行本は市立図書館で借りたもので、「ピンピン、コロリ。」という題名の本だった。落とし主は昭和25年生まれらしく、余生の生き方についていろいろと考えている人なのだろう。
ピンク色のガラケーには天然石でできたストラップのようなものがついていて、なんとなく自分の母親の持ち物に似ていると思った。
カバンの中身からは持ち主の人となりが見て取れる。その人の性格や人生観が凝縮されたようで面白いと思う反面、見てはいけないもののようにも思えて見ているこちらが恥ずかしくなってしまう。事実、目の前に広げられた荷物を凝視することにためらいがあり目を背けてしまった。恥ずかしいもの(例えばエッチな本とか)でなくても、きっとその人の素の部分を垣間見た気がして恥ずかしくなるのだろう。素の自分なんて、家族か本当に気の許した人にしか見せられないもの。
夕方、落とし主の女性からお礼の電話がかかってきた。お返しをしたいという女性に「気持ちだけありがたく頂きます」と断りを入れ、そのあと少しだけ談笑をした。落とした経緯を聞くと、スクーターの足元に引っ掛けていたのが落ちたらしい。しかも今までにも何度か落としているそうだ。
「リュックサックにするといいですよ」と言いたかったものの、それは少し厚かましいかと思い「気を付けてくださいね」とだけ言って電話を切った。