朝一で美容院へ行き、そのまま思いつきで旧国鉄篠ノ井線廃線敷遊歩道へ行ってみた。近くを通るたびに気になっていて、実に十五年越しの初訪問である。
出発前に腹ごしらえ。コンビニの牛肉コロッケ。
1902年(明治35年)から新しい篠ノ井線が運用される1988年(昭和63年)までの86年間、この道を汽車や電車が走っていたという。ということは、私が小学校に入る前まではここを電車が通っていたのだね。
本日は旧第二白坂トンネル付近の駐車場から出発。
線路に敷かれた石がそのまま残っている。けっこう歩きづらいが、足腰は鍛えられそう。歩くたび石がじゃりじゃりと音を立て、耳に心地よい。
山側は鬱蒼とした林、反対には道路があり車の往来も多い。
放置されたレールがあったり、
これは一体なんでしょうか?
わかりませんが、点在するなにかにたびたびわくわくする。
苔むしていて、なかなか壮観。昔、ここを汽車や電車が走っていたと思うと感慨深いものがある。
これも国鉄時代のかしら。石に数字が彫られている。マニアじゃないからわからない。
30分くらい歩くとトンネルが見えてくる。
漆久保トンネル。
明治時代に造られたトンネルだそう。今ではそこら中苔むして一部レンガが剥がれ落ちている場所もあるが、当時は綺麗でさぞ立派だったろう。とてもかっこよい造りをしている。
外観だけでなく、中もすべてレンガが敷き詰められている。赤色レンガ、すすで黒くよごれたレンガ、苔むして黄緑色になったレンガなど、色とりどりで美しい。
天井付近は汽車のすすで黒くなっている。中に入ると冷やっこい空気が身を包む。
トンネルの基本構成。
この漆久保トンネルの真上には、覚明・普寛像が建てられている。木曽の御嶽山の表参道、裏参道を開いた方々だそう。
細い山道を上る。
上から見る漆久保トンネル。
すこし歩くと2体の像が見えてくる。
随分と眺めのよい場所にいるんですね。小さな祠にお賽銭として平成元年の五円玉を一枚置いてきた。ご縁がありますように、とお願いしたが、どうやらそういう御利益がある場所ではないらしい。まあ、いっか。
この写真左側に写っている木に、大きなスズメバチがいた。以前刺されたことがあるので、今回もやられたらアウトである。ぬきあしさしあししのびあしで逃げる。
この道はかなりの急勾配で、上りより下りの方が気を使う。小さい頃から野山を駆け回っていたお陰かこういう道は割と得意としており、転ばずに無事降りることができた。滑落したらたぶん死ぬ場所です。行かれる方はお気を付けください。
けやきの森自然園。名前の通り、けやきが沢山生えている。
新緑の季節や紅葉を迎えるこれからの季節にまた訪れてみたい。
マレットゴルフ場もある。隣の施設では地元の方々が寄合いをしていた。
2時間ほど歩き疲れたので、最後まではいかなかった。水も残り少なくなっていたし。良い運動になり、気持ちの良い汗をかいてすっきりした。
地層が良く見える。
間違えてシャッター押したの図。
ついでということで、地元のとある公園にも寄った。
見た人が見たらわかるかもしれない。バレてもどうってことはないが、一応地名は伏せます。
山も赤や黄色に色づいてきた。季節はもう秋。暑くもなく寒くもなく過ごしやすいので一番好きな季節。
川の浅瀬には大量の稚魚が。フナ?鯉?とにかくびっちりいた。
近くの川面では3匹の大きな魚影を見かけた。けっこう大きかった。
懐かしの田舎料理屋は閉店してだいぶ経つ。ここの灰焼おやきがとてもおいしくて好きだった。注文すると、店内の灰の中でおやきを転がして焼いてくれる。小学生の頃、家族と夕食に出掛けておやきや焼肉を食べた思い出はいまでも忘れない。
このような遊具は昔はなかったと思う。ここの店主は猿をたしか2匹飼っていて、子供の頃は遊び半分で猿をからかって遊んだ。今思えば随分可哀そうなことをしたと反省している。
昔、よく遊んだブランコ。確かこの隣に猿の檻があったと思う。
灰焼おやきが食べたくなったので近くの店に寄ったが残念ながら完売。かわりに野沢菜とおからのおまんじゅうを買って食べた。別の公園で食べようと思ったらまたスズメバチを見かけたので車内で食べた。おいしかった。
その後は実家に寄り少し昼寝し、精米所へ行ってからアパートに戻った。
夕飯はイナダの刺身、蒸し野菜、野菜ジュース。