20:00 退社。
今日も疲れた。他チームから、いわくつきの案件をほぼ押しつけられた形で引き継いだ。自分たちで泥沼化させておいて後は丸投げ、年長者のやることではない。
でもまあ、いい意味でとらえれば「ちゃんと仕事を回してくれるであろう適任者」として選ばれたのだから、やるだけやってみようと思う。
家に帰ると、ご近所さんから金木犀のやさしい香りがふわっと漂ってきた。金木犀の香りが大好きだ。香りが身体を包み込むあの瞬間、甘美な夢を見させてくれる。香る期間は短く限られているから、甘美ななかにもどこか儚さを感じずにはいられない。今はただ、この心地よい瞬間に酔いしれようと思う。
私が学生だった頃 実家の祖母に、最近、甘い香りが街中にあふれているんだけどなんの香りなの?と聞いたことがあった。私は県外でひとり暮らしをしていて、パソコンを持っていなかったためにグーグル先生に質問することもできず、香りの正体がなんなのか気になって悶々としていた。庭によく出ていた祖母なら知っているだろうと思い電話で聞いてみたのだ。祖母も香りの正体は知らなかったそうで、わざわざ別の人に聞いたりして調べてくれた。結果、私の二つ下のいとこがその答えを教えてくれた。祖母はその答えを手紙に記して送ってくれた。
「たべるポップコーンを木につけたみたいだって」
祖母はそんなふうに、金木犀の特徴を一枚の手紙に記してくれた。
金木犀の香りは、やさしくて穏やかであたたかい、大好きな祖母を想い出させてくれる。亡くなってもう六年経つけれど、私が生きている限り、祖母との想い出が消えることはない。
久々に祖母からの手紙を読み返した。手紙の締めくくりにある二行が、私の心にやさしい香りを残していった。
「おばあちゃんの 大すきな○○へ」
ばあちゃん、おやすみなさい。